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2017年5月14日日曜日
黙示録 世の終わりと再臨はどうなるか ヤウエの品性である 十戒(トラー) を侮るなかれ!
事の問題 神とサタンの戦いの論点は創世記で最初からわかっている
善悪を知る木とは律法の事と命の木キリストの事ですが 律法に従わない神を必要としない者と神に従うものの戦いであることは間違いないだろう
しかし未だキリスト教では律法廃止を言うものが多いユダヤのタルムッドをモーセが示されたものと勘違いしても当たり前である
又ユダヤとイスラエルの区別もつかない大先生も多い。
律法が終わったとか言っている先生方 聖書の中には律法を否定的に書いているところはありません あえて 表面的に言えばコロサイ2 とガラテヤですが よく読むと否定でも何でもありません 又安息日も その時には冬安息日にならないように祈れと書いてあります。最後の時まで安息日もあります。
生半可な知識と屁理屈だけでは聖書は解読できないのは当たり前である
そうでなければ イスラエルも滅びないでいたはずだ 上っ面の理解だけですべてが解ったと思っていれば最後に恥をかくことになる。偽物カトリックやユダヤの教理に惑わされ最後に神の御前で審判を受けることになる ヤウエの品性である 十戒(トラー)
を侮るなかれ!
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