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2017年5月24日水曜日

聖書による携挙の時期と有様



携挙には艱難前携挙説 と 艱難後携挙説 があります 艱難前携挙説はそもそも イエズス会リベラにより1588年に宗教改革に対抗し反キリストは未来に出現すると言う神学を立てたこれに影響を受けたダービーの解釈を黙示録の開設に付けられたため 現在の偽教理の艱難前携挙説が主流を占めるようになった もともと ローマ教皇が666の獣であることを 宗教改革のリーダーたちがこぞって 述べたため この隠蔽工作の為に作られた教理であることを知っておくべきです

2017年5月23日火曜日

あなたがたの父なる神が慈悲深いように、あなたがたも慈悲深い者となれ。


ルカ6:35 しかし、あなたがたは、敵を愛し、人によくしてやり、また何も当てにしないで貸してやれ。そうすれば受ける報いは大きく、あなたがたはいと高き者の子となるであろう。いと高き者は、恩を知らぬ者にも悪人にも、なさけ深いからである。
6:36 あなたがたの父なる神が慈悲深いように、あなたがたも慈悲深い者となれ。
憎いやつが必ずいます どう見ても こいつ ひどいなあ というような奴です 
さてどうしますか? 仏も神もありゃしない
となるのが通常です 人の力はそんなものです。
しかし 無理をしてもいいですから その人のために祈ってみましょう キリストの心の内が少しは理解できます
又あなたもつい最近までそのような人だったかもしれません
まあ許せるところまでいかなくても キリストの御心が解るなら 少しはキリストのご品性に向かって進歩できるのです

ルカ6章全文
6:1 ある安息日にイエスが麦畑の中をとおって行かれたとき、弟子たちが穂をつみ、手でもみながら食べていた。
6:2 すると、あるパリサイ人たちが言った、「あなたがたはなぜ、安息日にしてはならぬことをするのか」。
6:3 そこでイエスが答えて言われた、「あなたがたは、ダビデとその供の者たちとが飢えていたとき、ダビデのしたことについて、読んだことがないのか。
6:4 すなわち、神の家にはいって、祭司たちのほかだれも食べてはならぬ供えのパンを取って食べ、また供の者たちにも与えたではないか」。
6:5 また彼らに言われた、「人の子は安息日の主である」。
6:6 また、ほかの安息日に会堂にはいって教えておられたところ、そこに右手のなえた人がいた。
6:7 律法学者やパリサイ人たちは、イエスを訴える口実を見付けようと思って、安息日にいやされるかどうかをうかがっていた。
6:8 イエスは彼らの思っていることを知って、その手のなえた人に、「起きて、まん中に立ちなさい」と言われると、起き上がって立った。
6:9 そこでイエスは彼らにむかって言われた、「あなたがたに聞くが、安息日に善を行うのと悪を行うのと、命を救うのと殺すのと、どちらがよいか」。
6:10 そして彼ら一同を見まわして、その人に「手を伸ばしなさい」と言われた。そのとおりにすると、その手は元どおりになった。
6:11 そこで彼らは激しく怒って、イエスをどうかしてやろうと、互に話合いをはじめた。
6:12 このころ、イエスは祈るために山へ行き、夜を徹して神に祈られた。
6:13 夜が明けると、弟子たちを呼び寄せ、その中から十二人を選び出し、これに使徒という名をお与えになった。
6:14 すなわち、ペテロとも呼ばれたシモンとその兄弟アンデレ、ヤコブとヨハネ、ピリポとバルトロマイ、
6:15 マタイとトマス、アルパヨの子ヤコブと、熱心党と呼ばれたシモン、
6:16 ヤコブの子ユダ、それからイスカリオテのユダ。このユダが裏切者となったのである。
6:17 そして、イエスは彼らと一緒に山を下って平地に立たれたが、大ぜいの弟子たちや、ユダヤ全土、エルサレム、ツロとシドンの海岸地方などからの大群衆が、
6:18 教を聞こうとし、また病気をなおしてもらおうとして、そこにきていた。そして汚れた霊に悩まされている者たちも、いやされた。
6:19 また群衆はイエスにさわろうと努めた。それは力がイエスの内から出て、みんなの者を次々にいやしたからである。
6:20 そのとき、イエスは目をあげ、弟子たちを見て言われた、「あなたがた貧しい人たちは、さいわいだ。神の国はあなたがたのものである。
6:21 あなたがたいま飢えている人たちは、さいわいだ。飽き足りるようになるからである。あなたがたいま泣いている人たちは、さいわいだ。笑うようになるからである。
6:22 人々があなたがたを憎むとき、また人の子のためにあなたがたを排斥し、ののしり、汚名を着せるときは、あなたがたはさいわいだ。
6:23 その日には喜びおどれ。見よ、天においてあなたがたの受ける報いは大きいのだから。彼らの祖先も、預言者たちに対して同じことをしたのである。
6:24 しかしあなたがた富んでいる人たちは、わざわいだ。慰めを受けてしまっているからである。
6:25 あなたがた今満腹している人たちは、わざわいだ。飢えるようになるからである。あなたがた今笑っている人たちは、わざわいだ。悲しみ泣くようになるからである。
6:26 人が皆あなたがたをほめるときは、あなたがたはわざわいだ。彼らの祖先も、にせ預言者たちに対して同じことをしたのである。
6:27 しかし、聞いているあなたがたに言う。敵を愛し、憎む者に親切にせよ。
6:28 のろう者を祝福し、はずかしめる者のために祈れ。
6:29 あなたの頬を打つ者にはほかの頬をも向けてやり、あなたの上着を奪い取る者には下着をも拒むな。
6:30 あなたに求める者には与えてやり、あなたの持ち物を奪う者からは取りもどそうとするな。
6:31 人々にしてほしいと、あなたがたの望むことを、人々にもそのとおりにせよ。
6:32 自分を愛してくれる者を愛したからとて、どれほどの手柄になろうか。罪人でさえ、自分を愛してくれる者を愛している。
6:33 自分によくしてくれる者によくしたとて、どれほどの手柄になろうか。罪人でさえ、それくらいの事はしている。
6:34 また返してもらうつもりで貸したとて、どれほどの手柄になろうか。罪人でも、同じだけのものを返してもらおうとして、仲間に貸すのである。
6:35 しかし、あなたがたは、敵を愛し、人によくしてやり、また何も当てにしないで貸してやれ。そうすれば受ける報いは大きく、あなたがたはいと高き者の子となるであろう。いと高き者は、恩を知らぬ者にも悪人にも、なさけ深いからである。
6:36 あなたがたの父なる神が慈悲深いように、あなたがたも慈悲深い者となれ。
6:37 人をさばくな。そうすれば、自分もさばかれることがないであろう。また人を罪に定めるな。そうすれば、自分も罪に定められることがないであろう。ゆるしてやれ。そうすれば、自分もゆるされるであろう。
6:38 与えよ。そうすれば、自分にも与えられるであろう。人々はおし入れ、ゆすり入れ、あふれ出るまでに量をよくして、あなたがたのふところに入れてくれるであろう。あなたがたの量るその量りで、自分にも量りかえされるであろうから」。
6:39 イエスはまた一つの譬を語られた、「盲人は盲人の手引ができようか。ふたりとも穴に落ち込まないだろうか。
6:40 弟子はその師以上のものではないが、修業をつめば、みなその師のようになろう。
6:41 なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。
6:42 自分の目にある梁は見ないでいて、どうして兄弟にむかって、兄弟よ、あなたの目にあるちりを取らせてください、と言えようか。偽善者よ、まず自分の目から梁を取りのけるがよい、そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目にあるちりを取りのけることができるだろう。
6:43 悪い実のなる良い木はないし、また良い実のなる悪い木もない。
6:44 木はそれぞれ、その実でわかる。いばらからいちじくを取ることはないし、野ばらからぶどうを摘むこともない。
6:45 善人は良い心の倉から良い物を取り出し、悪人は悪い倉から悪い物を取り出す。心からあふれ出ることを、口が語るものである。
6:46 わたしを主よ、主よ、と呼びながら、なぜわたしの言うことを行わないのか。
6:47 わたしのもとにきて、わたしの言葉を聞いて行う者が、何に似ているか、あなたがたに教えよう。
6:48 それは、地を深く掘り、岩の上に土台をすえて家を建てる人に似ている。洪水が出て激流がその家に押し寄せてきても、それを揺り動かすことはできない。よく建ててあるからである。
6:49 しかし聞いても行わない人は、土台なしで、土の上に家を建てた人に似ている。激流がその家に押し寄せてきたら、たちまち倒れてしまい、その被害は大きいのである」。


2017年5月21日日曜日


宗教改革以前からローマカトリックに対して信念を貫いた信仰の人 ルターやカルバンの先駆者とも言えます あなたは迫害の時 信仰を貫けますか?

2017年5月14日日曜日

聖書はイエスの神性を取り除くために偏向されています


どのように具体的に改ざんされているか よく説明されています。
一見解りませんがよく見ると過去との関わりを変えて内容を大きく変えてあります
キリストが旧約の預言の成就だという事になるとメシアの証明になりますのでそれを逸らすために変えてあります

黙示録 世の終わりと再臨はどうなるか ヤウエの品性である 十戒(トラー) を侮るなかれ! 


事の問題 神とサタンの戦いの論点は創世記で最初からわかっている
善悪を知る木とは律法の事と命の木キリストの事ですが 律法に従わない神を必要としない者と神に従うものの戦いであることは間違いないだろう
しかし未だキリスト教では律法廃止を言うものが多いユダヤのタルムッドをモーセが示されたものと勘違いしても当たり前である
又ユダヤとイスラエルの区別もつかない大先生も多い。
律法が終わったとか言っている先生方 聖書の中には律法を否定的に書いているところはありません あえて 表面的に言えばコロサイ2 とガラテヤですが よく読むと否定でも何でもありません 又安息日も その時には冬安息日にならないように祈れと書いてあります。最後の時まで安息日もあります。
生半可な知識と屁理屈だけでは聖書は解読できないのは当たり前である
そうでなければ イスラエルも滅びないでいたはずだ 上っ面の理解だけですべてが解ったと思っていれば最後に恥をかくことになる。偽物カトリックやユダヤの教理に惑わされ最後に神の御前で審判を受けることになる ヤウエの品性である 十戒(トラー)
を侮るなかれ!

2017年5月13日土曜日

ダニエル書2300日と再臨運動


ダニエル書2300の朝と夕
ダニエル8:14 彼は言った、「二千三百の夕と朝の間である。そして聖所は清められてその正しい状態に復する」
ではエルサレム再建命令から2300日の夕と朝つまり2300年はいつでしょうか 起点をエルサレム再建命令にする根拠は後ほど書きます
紀元前457年から2300年は1844年になります
これを裏付けるものが 2つあります一つは 
ダニエル7:25 彼は、いと高き者に敵して言葉を出し、かつ、いと高き者の聖徒を悩ます。彼はまた時と律法とを変えようと望む。聖徒はひと時と、ふた時と、半時の間、彼の手にわたされる。
7:26
しかし審判が行われ、彼の主権は奪われて、永遠に滅び絶やされ、
黙13:5 この獣には、また、大言を吐き汚しごとを語る口が与えられ、四十二か月のあいだ活動する権威が与えられた。

2017年5月11日木曜日

試みの時信仰が試されます 

その時が来ると 神様ごめんなさいでは通用しなくなります。
今はほとんどが用意されています キリストが手本となられたからです
今はどの人も良いクリスチャンの様に見えますが試みの時にはその姿ははっきりしてきます 自分に対するご利益なのか キリストに対する愛なのかがはっきりしてきます
 その時までにキリストの品性を身に着けてください
試みの時がくると、神のみ言葉を自分の人生の尺度とした人たちは、
はっきりわかるであろう。夏には常緑樹とほかの木々との間には著しい
違いがないが、冬の木枯らしが吹く時になると、常緑樹は変わらないが、
ほかの木々は葉が落ちて裸になる。同様に、現在は心に偽りのある信者
と真のクリスチャンの見分けがつかないが、その違いが明らかになる日
が、今まさにわれわれにのぞもうとしている。反対が起こり、頑迷と偏
狭が再び吹きまくり、迫害の火が燃やされる時に、二心の偽善者たちは
動揺して信仰を放棄するであろう。しかし真のクリスチャンは岩のよう
に堅く立ち、繁栄の日よりも信仰が強くなり、望みは一層明るくなるで
あろう。・・・・

多くを知る必要はないのかもしれない

聖書の知識 知っていることは必要ですが 多くの事を知っていても キリストの性格 と自分の性格が乖離していれば 何の意味もありません 知識だけでは 全うすることはできないでしょう。 知識を得たいと言うのは自分の知的願望であって キリストを知りたいと言う願望とは性質の違うものに...