ブログランキングにご協力ください
2017年2月28日火曜日
モーセの律法トラー ユダヤ律法タルムッド は 違う
モーセの律法トラーはキリストご自身がモーセに教えられたものです
ユダヤタルムッドは モーセの律法に付け加えたものや偏向したものです 一般に律法的という言葉はユダヤ律法に対しての批判なのですが これが 勘違いをして モーセの律法トラーを批判している人も多いです ここを勘違いすると ガラテヤコロサイ2章の解釈がまったく違ってきます
マタイ15:3 イエスは答えて言われた、「なぜ、あなたがたも自分たちの言伝えによって、神のいましめを破っているのか。
15:4 神は言われた、『父と母とを敬え』、また『父または母をののしる者は、必ず死に定められる』と。
15:5 それだのに、あなたがたは『だれでも父または母にむかって、あなたにさしあげるはずのこのものは供え物です、と言えば、
15:6 父または母を敬わなくてもよろしい』と言っている。こうしてあなたがたは自分たちの言伝えによって、神の言を無にしている。
15:7 偽善者たちよ、イザヤがあなたがたについて、こういう適切な預言をしている、
15:8 『この民は、口さきではわたしを敬うが、その心はわたしから遠く離れている。
15:9 人間のいましめを教として教え、無意味にわたしを拝んでいる』」。
ヨハネ こののち、ユダヤ人の祭があったので、イエスはエルサレムに上られた。
5:2 エルサレムにある羊の門のそばに、ヘブル語でベテスダと呼ばれる池があった。そこには五つの廊があった。
5:3 その廊の中には、病人、盲人、足なえ、やせ衰えた者などが、大ぜいからだを横たえていた。〔彼らは水の動くのを待っていたのである。
5:4 それは、時々、主の御使がこの池に降りてきて水を動かすことがあるが、水が動いた時まっ先にはいる者は、どんな病気にかかっていても、いやされたからである。〕
5:5 さて、そこに三十八年のあいだ、病気に悩んでいる人があった。
5:6 イエスはその人が横になっているのを見、また長い間わずらっていたのを知って、その人に「なおりたいのか」と言われた。
5:7 この病人はイエスに答えた、「主よ、水が動く時に、わたしを池の中に入れてくれる人がいません。わたしがはいりかけると、ほかの人が先に降りて行くのです」。
5:8 イエスは彼に言われた、「起きて、あなたの床を取りあげ、そして歩きなさい」。
5:9 すると、この人はすぐにいやされ、床をとりあげて歩いて行った。その日は安息日であった。
登録:
コメントの投稿 (Atom)
多くを知る必要はないのかもしれない
聖書の知識 知っていることは必要ですが 多くの事を知っていても キリストの性格 と自分の性格が乖離していれば 何の意味もありません 知識だけでは 全うすることはできないでしょう。 知識を得たいと言うのは自分の知的願望であって キリストを知りたいと言う願望とは性質の違うものに...
-
最近lgbtなどの話題が良く議論されていますが 何故このような議論が行われ意見が二分され 尚 それぞれの意見を持つ方が 確信が無いのか以前から解っていましたのでその理由を書きたいと思います マタイ22:37 イエスは言われた、「『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なる...
-
申命記22:9 ぶどう畑に二種の種を混ぜてまいてはならない。そうすればあなたがまいた種から産する物も、ぶどう畑から出る物も、みな忌むべき物となるであろう。 22:10 牛と、ろばとを組み合わせて耕してはならない。 22:11 羊毛と亜麻糸を混ぜて織った着物を着てはならない ...
-
選民なら優生学にたたず なおさら 謙虚でなければならないと思う 教会に行くと必ずこういう人たちがいます 牧師でもなんでも関係ありません 自分たちは神の言葉を代弁していると思っていても 自分の経験や信仰から話さなければまったく説得力がありません がそのことを知らず に自...
0 件のコメント:
コメントを投稿